飛躍するサウンド:未来のピアノと出会う
//

飛躍するサウンド:未来のピアノと出会う

冒険的で目を見張るようなローランドの50周年を記念したコンセプトピアノは、サウンド、デザイン、コネクティビティの未来を搭載しています。ジャーナリストAdam Douglas氏が関係者インタビューを通して未来のピアノに挑む開発者たちのチャレンジに迫ります。

1 min read

冒険的で目を見張るようなローランドの50周年を記念したコンセプトピアノは、サウンド、デザイン、コネクティビティの未来を搭載しています。
ローランドは50年に渡り、楽器とはどうあるべきかを考え続け、その可能性を常に押し拡げてきました。これは、会社のスローガンの1つでもあり、50周年コンセプトピアノのデザインにも通じる「未来をデザインする」という信念そのもの。ピアノを尊重し、ピアノとは何かを考え続け、力強く未来に向かって歩みを進めるこのコンセプトピアノは、ドローン・スピーカーとグローバルなコネクティビティを備え、驚くべきサウンドを実現しています。

2つのコンセプト:宝石と宝石箱

コンセプトモデルは時に独創的なもの。ゼウスの頭から誕生したアテナのように、ローランドのエンジニアの創造性を実際の形にしたもので、それは完成することはなく、常に進化しつづける楽器です。コンセプトモデルを創り出すことは、実験と技術開発を通して、現在の課題と将来のビジョンと向き合うことを意味します。「これらのテーマはRolandのDNAの核となっています」とローランドのクリエイティブ・ディレクターであるマーティン ”Mars” ホプキンス氏は説明します。「成功ばかりではないが、我々は挑戦なくして成功がないことを知っています」。

ローランドは2020年にも、コンセプトモデルとしてGPX-F1 Facet Grand Pianoを発表しました。結晶のような形をした印象的なこのピアノは、世界中のステージで映えるように設計され、その鋭く直線的なラインは黒曜石の宝石を想起させるものでした。2022年、ローランド は新たなコンセプトピアノを創り出しました。温かくて自然な、丸みを帯びたデザイン。それはアップライトの形をしたグランドピアノという未来のビジョンです。Facetが宝石なら、50周年コンセプトピアノは宝石箱。それはまるで、とっておきの宝物を収めるための優美なケースです。

"これらのテーマはRolandのDNAの核となっています。成功ばかりではないが、我々は挑戦なくして成功がないことを知っています"

サウンド・フィールドを拡げる

ピアノは長年にわたり技術的な進化を遂げてきました。電気的に音を増幅させるアンプ以前の時代において、ピアノの象徴的なあの形状は、音を外に向けて響かせるために工学的にデザインされたものでした。大規模なコンサートホールのグランドピアノでも家のアップライトピアノでも、設置された空間によって生み出される音場は、ピアノの表現力において重要な要素の一つとなります。ハンマーが弦を叩いただけの音ではなく、ピアノのさまざまなパーツやボディが共鳴し、そこから放たれた音が空間で反射し完成するピアノの音色。しかし、デジタルピアノはマイクロチップや回路基盤によって音を発生させています。では、デジタルピアノで自然な音場を再現するには、どうすればよいのでしょうか。

「それは、360度スピーカーが可能にします」。キーボード・インストゥルメント開発部長の村井 崇浩氏は語ります。「スピーカーを任意の方向に配置できれば、設定に応じて狙った音場を再現できます」。村井氏は、Facetでグランドピアノの形をベースにして自然な音場を再現するように設計していたとき、グランドピアノのそれぞれの部分で鳴っている音を再現できれば、ピアノ自体がどんな形であろうと音場を再現できると気付き、特徴的なデザインの50周年コンセプトピアノでも挑戦することにしました。

村井 崇浩氏​

"それは、 360度スピーカーが可能にします。スピーカーを任意の方向に配置できれば、設定に応じて狙った音場を再現できるのです"

リアルなサウンド

鍵となるのは、あらゆる方向に発音する「スピーカー・ボール」です。この360度スピーカーをピアノの鍵盤蓋とトップサイドに配置することで、村井氏は「どんなピアノの音も再現することが可能になった」と言います。これを実現するためには 前例のない数のスピーカーが必要でした。

「14個のスピーカーを配置し、ピアノ全体で360度スピーカーシステムを形成しています」彼は続けます。「右側に7個、左側に7個ずつスピーカーがあり、ひとつずつ個別に音量を調整できます。デジタルピアノに搭載されている従来のステレオスピーカーシステムでは実現できなかった立体的な音空間を、これら14個のスピーカー配置で再現することに成功しました。アコースティック・アップライトピアノやグランドピアノの臨場感あふれる音場を忠実に再現することができます」。

360度スピーカーによるリアルな音場には驚くべきものがあります。それはスピーカーが鳴っている感覚ではなく、ただ自然なピアノの音に包まれているような感覚です。

音場は 演奏する音によって変化します。グランドピアノはアップライトピアノより豊かな響きを持っています。この50周年コンセプトピアノでは、EP-10、RD-1000、JD-800、V-Piano All Silver、Supernatural Pianoなど、ローランドの50年間の歴史に実在したサウンドが搭載され 演奏することができますが、その音場は音色ごとに調整され、当時の楽器のサウンドととともにその楽器が持っていた音場も体験することができます。

"開発チームは、実際にプレイヤーの周囲の空間から音が降り注ぐようにしたいと考えました。解決策はあるのでしょうか?それは、ピアノの上に浮遊するドローン・スピーカーです"

空間の再現

ピアノの音は、ピアノから発せられる音だけではありません。そのピアノが設置されている空間による響音も存在します。音波が壁や天井にあたって跳ね返るときに聞こえる空間による反響音です。開発チームは、単に音にリバーブを加えるのではなく、実際にプレイヤーの周囲の空間から音が降り注ぐようにしたいと考えました。複数のスピーカーを部屋に設置し、音の動きやエフェクトを制御するシステムを開発している企業や団体がありますが、これだと他の場所に移動したり、場所を選ばずに設置したりすることはできません。解決策はあるのでしょうか?それは、ピアノの上に浮遊するドローン・スピーカーです。

よりリアルな音場を実現するために、開発チームは、演奏者がまるでサウンド・シャワーを浴びているような感覚になれる、フライング・スピーカーを作りたいと考えました。LX708のようなハイエンド・ピアノで実現しているローランドのピュアアコースティック・アンビエンス・テクノロジーをさらに進化させ、最新のドローンと組み合わせることで実現できると考えたのです。

ドローンの課題

このアプローチには困難がなかったわけではありませんでした。未来をデザインすることは常に簡単なことではありません。「最大の課題はレイテンシー(遅延)でした」と村井氏は説明します。「Bluetoothは通常200ミリセカンドの遅延が発生するため、そのまま楽器に採用することはできません。遅延を最小限にするために、ローランド が開発した専用の通信プラットフォームを採用しています。「これはもともと楽器用のワイヤレス・ヘッドホンの企画のために開発された技術でしたが、それをこのプロジェクトに転用しました」と村井氏は付け加えます。

ドローン・スピーカー開発担当の松場 正明氏と協力して、チームはいくつかの問題に取り組んでいます。現時点のドローンでは、プロペラのノイズが大きくて楽器音を再生するのには適しません。今後のドローン技術の発達に伴い、静かに浮遊するドローンが開発されたあかつきには、彼らはすぐにこのコンセプト モデルに取り込み、進化させることでしょう。(右の映像は、将来の進化型ドローンを採用したイメージです。)

"この楽器はエリック・サティーの『家具の音楽』、つまり 家具のように、そこにあっても日常を妨げない音楽に着想を得ています"

部屋の中央に置くピアノ

ほとんどのアップライトピアノは壁にぴったりと設置されます。それは50周年コンセプトピアノのデザイン哲学ではありませんでした。ローランド は部屋の”センター“になれるピアノを望んでいました。そこで、2015年にKIYOLA KF-10のキャビネットを制作した日本の木製家具ブランドであるカリモク と再び協力しました。天然木を素材に、丸みを帯びた楕円形のデザインは、どの角度から見ても信じられないほどの美しさに仕上がっています。

50周年コンセプトピアノは、Facetとは異なり、日々の生活に溶け込むピアノです。落ち着いていて親しみやすく、リラックスして演奏できる。この楽器はエリック・サティーの『家具の音楽』、つまり家具のように、そこにあっても日常を妨げない音楽に着想を得ています。コンセプトは“人々を魅了して止まない家具のように愛される楽器”です。

カリモクは、デジタルデータに基づいて木片を切り出し、それらを組み合わせて形成することでボディを制作しました。この楽器は過去と未来に敬意を表しています。古代の木彫仏像の製造方法と3Dプリントの技術を取り入れ、また、内部にはピアノの古典主義と最先端の音場技術を搭載していることもそのことを反映しています。

"カリモクは、デジタルデータに基づいて木片を切り出し、それらを組み合わせて形成することでボディを制作しました。この楽器は過去と未来に敬意を表しています"

持続可能性の重要性

持続可能性とSDGs(持続可能な開発目標)は、ローランドとカリモクにとって欠くことのできないものです。このアイデアは、後付けではなく、デザイン コンセプトのキーポイントでした。このピアノは北海道産のナラ材を使用していますが、利用されなかった木の端材のみに制限して使用しています。環境を犠牲にすることなく、この楽器に必要な強度と耐久性を備えています。

リビングから世界へ

21世紀はコネクティビティが重要なファクターを担っています。私たちは、自分のデバイスを通じて皆とつながっていますが、ピアノでもつながれるでしょうか? それがこの50周年コンセプトピアノに組み込まれた斬新なアイデアで、音とデザインに次ぐ第三の柱となっています。

「私たちの目標はピアノの開発だけではなく、未来の要素技術の開発にあります」と村井氏は言います。「いろいろな課題に直面するたびに、実験できる貴重な機会と捉え、結果的に様々な知見を蓄積してきました。」 つまり、実験が鍵です。さまざまなことを試みること、それのみが物事を可能にするのです。

"私たちの目標はピアノの開発だけではなく、要素技術の開発にあります。いろいろな課題に直面するたびに、実験できる貴重な機会と捉え、結果的に様々な知見を蓄積してきました"

コネクティビティの中心に

コネクティビティの中心にあるのは、鍵盤蓋を開けたときに現れる、ビルトインされたタッチパネルのタブレット。インターネットに接続されたディスプレイが、ビデオ通話や、レッスン、チュートリアルのストリーミングにも対応します。また、Roland Cloudにも接続しているので、Zenbeatsをインストールして、このピアノをスタジオのコントロールハブにすることもできます。USB MIDIやBluetoothも搭載し、タブレットには楽譜を表示することも可能なこのピアノを、ベートーヴェンが見たら何と言うでしょうか?

コネクティビティは未来を約束します。世界中で同時にコンサートが行われる様子を想像してみてください。オーディエンスはこのピアノを通して、演奏者のキーストロークを感じることができます。「アーティストが演奏している音だけではなく、現地で感じているその音場ごと、世界中に送信することが可能になり、どこでも再現できるようになります」と村井氏は言います。「もちろん、あなた自身が演奏しているデータを送信することもできます」。

コネクティビティの課題

このコンサート配信の基本技術はすでに存在しています。しかし、開発チームが乗り越えなければならないハードルもあります。「インターネットを介して遠隔地のオーディエンスにオーディオと映像と、音場のデータを同期させて配信する課題に取り組まなければならない」といいます。その一方で「我々はすでにそれを解決するためのアイデアを持っています」と村井氏が語っていたのは、良い知らせではないでしょうか?

"アーティストが演奏している音だけではなく、現地で感じているその音場ごと、世界中に送信することが可能になり、どこでも再現できるようになります"

ドローン接続

コネクティビティには、専用通信チャネルによって遅延なく動作するドローンも含まれます。これは、演奏情報をもとにしてドローンの位置を制御できることを意味しています。「ドローン・スピーカーが発した音を、ピアノ本体、もしくは適切に設置したマイクが感知し、その音質や音量が理想的かどうかを測定します。その分析結果をドローンにフィードバックすることで浮遊している位置を調整する技術を開発しました。現在特許出願中です」。村井氏は続けて説明します。「最も簡単な例は、小さな音のときはドローンが近づき、大きな音を鳴らしたときは離れるようにコントロールされます。ドローン・スピーカーを飛ばして一度最適なサウンドスポットを見つければ、そこに留まることができます」。

未来は今

我々は、何もしなくても未来がやってくると思いがちです。今日は自然と明日になる。しかし、ローランドは違います。エンジニアたちが可能性の限界を押し拡げることで常に未来を作り出しています。彼らは、新しい楽器、新しい演奏体験、そして顧客を魅了する新たな方法を模索し続けています。50周年コンセプトピアノは現在における未来のスナップショットであり、来るべき未来を垣間見ることができます。

このドローン・スピーカーのモックアップを備えた50周年コンセプトピアノは、2023年1月にラスベガスで開催されるコンシューマー・エレクトロニクス・ショー「CES 2023」に出展します。日本での展開は現在のところ未定ですが、体感できるその日まで、進化は続いていくでしょう。

Adam Douglas

Adam Douglas is a prolific journalist and educator based in Nagoya, Aichi, Japan. His work appears in Attack, MusicTech, and elsewhere.