JUPITER:キング・オブ・ポリシンセ
//

JUPITER:
キング・オブ・ポリシンセ

ローランドの”JUPITER”という名は「最先端」の代名詞です。 初代モデルが発売されてから、各時代で音楽の可能性を推し広げ、深い爪痕を残してきました。創業50周年を迎え、今回はJUPITERシリーズで特に注目すべきモデルを、ジャーナリストAdam Douglasがローランド創成期のエンジニアとともに辿っていきます。

2 mins read
Start

シンセサイザーの世界を神話に例えるなら、そこには実にさまざまな種類の神々が存在しています。そして、その頂点に君臨してきたのがローランドのJUPITER――キング・オブ・ポリシンセ――と言っても過言ではありません。

初代モデルが発売されてから44年の間、JUPITERは「最先端」の代名詞的存在であり続け、次々と象徴的なモデルが投入されては各時代で音楽の可能性を推し広げ、音楽や文化にも深い爪痕を残してきました。

ここでは、ローランド創成期のエンジニアの解説を交えながら、JUPITERシリーズでも特に注目すべきモデルをいくつか紹介します。

JUPITER-4, Photo by Daniel Spils
JUPITER-4, Photo by Daniel Spils (Creative Commons)
JUPITER-4: すべての始まり

1970年代前半がモノフォニック・アナログ・シンセサイザーの時代だとすれば、後半はポリフォニック一色の時代と言えるでしょう。1972年の創業から間もない1974年に、ローランドは初のポリフォニック・シンセサイザーであるJP-4の開発を始めました。1978年に発売された、この4音ポリフォニックのシンセは、JUPITER-4の名で知られています。ソリッド、ウォーム、重厚なサウンドに加えてアルペジエーターも備えており、すぐにDuran DuranのNick Rhodesをはじめとする多くのミュージシャンを虜にしました。Duran Duranのアルバム『Rio』では、JUPITER-4ならではのサウンドを聴くことができます。JUPITER-4の特徴的なサウンドは、今も大勢のファンを魅了しています。そんな中、ローランドは早くも次の画期的な製品を開発し始めていました。

JUPITER-8: アイコンの登場

「日本初のポリフォニック・シンセを自分の手で作りたくてローランドに入社したんですよ」と振り返るのは、ローランド歴代のシンセ開発を先導してきたエンジニア兼デザイナー、山端利郎氏です。JP-4の開発には間に合わなかったものの、彼が入社したのはまさに次期モデルとなるJUPITER-8(JP-8)の開発が始まる最中でした。

 1981年に発売されたJUPITER-8は、単なるJUPITER-4の後続モデルではなく、これまでのシンセサイザーの流れを変えるような分岐点となりました。JUPITER-8はその名の通り8音ポリフォニック・シンセサイザーで、2個のオシレーターを備えており、あたたかみのあるサウンドに加え、サウンドメイク幅も一気に広がりました。これは、クロスモジュレーションやハードシンク、PWM変調など、オシレーターの機能が拡充されたためです。

"JUPITER-4はソリッド、ウォーム、重厚なサウンドに加えて、使い勝手のいいアルペジエーターも備えており、すぐにDuran DuranのNick Rhodesをはじめとする多くのミュージシャンの間に広まりました"

サウンドの進歩

JUPITER-8には、鍵盤を2分割して2種類の音を出せるスプリット機能など最先端の独自機能を新たに搭載し、これらをパッチメモリーとして保存することも可能でした。またその外観についても、まさに新時代のシンセに相応しいスマートなルックスと話題になりました。従来のようなずんぐりしたプリセットボタンの付いた木枠のシンセではなく、メタルの筐体にカラフルなボタンが印象的なシンセが登場したのです。

JUPITER-8は、内部構造もそれまでのシンセとは一線を画していました。当時はDCO(デジタルコントロールド・オシレーター)の登場前で、温度が変わるとチューニングがずれることがありましたが、JUPITER-8ではこれを最小限に抑えるべく温度補正回路の開発に取り組みました。

ここまで改良しても、期待したほどには正確なチューニングを実現することができず、山端氏はどうしたものかと頭を悩ませていました。その主な原因は当時の部品の精度とZ-80チップの処理力不足でした。ところが、皮肉なことに、これが「独特の柔らかくあたたかみを持ったJUPITER-8サウンドの源泉」となったのです。また、カスタムVCFとエンベロープICにも改良を加えました。「当時のローランドには、カスタムICを作った経験もノウハウもツールもほとんどなくて、その代わり手作りの試験回路でトランジスタを組み合わせて設計してたんですよ」と山端氏は語ってくれました。

Toshio Yamabata
Toshio Yamabata

「当時の部品精度と処理能力が、JUPITER-8特有の柔らかくあたたかみのあるサウンドの源泉のひとつだったと思います」

First JUPITER-8, Photo Courtesy of Toshio Yamabata
First JUPITER-8, Photo Courtesy of Toshio Yamabata
JUPITER-6, Photo by spacedust2019 (Creative Commons)
音楽カルチャーへの影響

発売されてすぐに、JUPITER-8のシンセポップを象徴する音は瞬く間に広まりました。シンセの巨匠Howard Jonesも、ファーストシングル『New Song』のジャケット写真にJUPITER-8を載せています。その影響はシンセポップに留まらず、Marvin Gayeも 『Sexual Healing』にJUPITER-8(とTR-808)を全面に使い、ソウル・ミュージックの音を変えました。全世界で7,000万枚という売上を果たしたMichael Jacksonの『Thriller』でも、JUPITER-8がひと役買っています。JUPITER-8は、Tangerine Dreamなどの実験的な音楽グループにまで広がりました。JUPITER-8が音楽カルチャーに及ぼした影響は計り知れません。

デジタル時代の波

JUPITERのアナログ時代はJUPITER-6(1983年発売)やMKS-80 Super JUPITER(1984年発売)まで続きました。その後1980年代の終わりにかけてシンセのトレンドは移り変わっていきます。この時代の変化に合わせて、JUPITERもその姿を変えていきました。神話に詳しい方はご存知でしょうが、ローマ神話でジュピターと呼ばれる神は、ギリシャではゼウス、エトルリアではティニアなどと呼び名が変わります。ローランドのJUPITERも、時代とともに名称を変えていきました。

1980年代後半になると、ローランドは新たなシンセサイザーの開発を始めます。こうして生まれたのが、大人気を博したD-50をはじめとするデジタル・シンセサイザー、Dシリーズです。そしてローランドは、あのJUPITER-8から派生し、デジタルとアナログ双方のベスト要素を併せ持つ新たなシンセを設計する構想に辿り着きました。そのコンセプトはどのようなものだったのでしょうか。

「一見、アナログ・シンセサイザーに見えても、実はデジタル・シンセサイザー。それを伝えたかった。だからJupiter plus Digital、“JD”と命名したんです」

“JD”のモデルネームはこうして生まれた

JD-800の開発チームを率いた高橋一寿氏が打ち明けてくれました。 「我々は当初、これをデジタル・ジュピターと呼んだんです。もちろん、JUPITER-8をイメージしていたからです。モデルネームを素直にJP-800と名付ければ、誰もがJP-8を連想し、このモデルは、“JP-8の復活”と印象付けられていたでしょうね」。しかし、当時シンセサイザーのトレンドには新しい技術の波が押し寄せていました。「当時の市場では、デジタル・シンセサイザーが最前線だった。だからアナログ・シンセサイザーのように見えても、実はこれがデジタル・シンセサイザーであることを説明したかったんです。そこで、Jupiter plus Digital、“JD”を思いついたんです」。

JD-800: ハイブリッド・シンセ

こうして命名されたJD-800は1991年に世に送り出されました。“JD”として生まれ変わったJUPITERは、強力なデジタル・サウンドエンジンと、優れたアナログスタイルの操作子とが融合したものになりました。D-50のLA音源方式同様、PCMサンプルとアナログシンセ波形を最適に組み合わせることで、これまでにないほどリアルなアコースティック・サウンドを再現しました。もちろん、いわゆる従来のようなシンセ音色をつくったり、もっとワイルドで未来的なサウンドメイクをすることもできました。

JD-800は、基本的な音質も最高のものとなりました。これは、エンジニアチームがサンプリングレートを32kHzからCDクオリティの44.1kHzに上げることで実現したものです。「当時、ローランドでは32kHzのサンプリングが標準でした。でもJD-800で44.1kHzを採用したことで音質が大幅に向上しました。それまでの最大の技術課題を乗り越えた瞬間でしたね」。

それは確かな出音となって現れ、高橋氏の中にもしっかり刻み込まれています。JD-800で一番気に入っている機能は?と高橋氏に尋ねると、「それは機能じゃなくてスペックですね。 44.1kHzのサンプリングレート、それこそが自分の中で一番のお気に入りです」と即答でした。

Photo by Pete Brown (Creative Commons)

"生まれ変わったJUPITER、JD-800は、強力なデジタル・サウンドエンジンとアナログスタイルの操作子を併せ持つハイブリッド・シンセです"

Kazz Takahashi
Kazz Takahashi

JD-800の魅力は、そのサウンドに加え、パネル上のノブとスライダーでした。目で見える範囲だけではなく、手が届く範囲にさまざまな創造性が潜んでいました。 JD-800は、JUPITERスタイルのサウンドクリエーションを、デジタルの時代にも波及させました。 「シンセサイザーの醍醐味って、音をイメージどおりに創り出せることですよね。でも、偶然触れたスライダーから、思いもよらなかった画期的なサウンドが生み出されることがある。そんな素晴らしいサウンドメイキングの楽しさを一人でも多くの人に伝えたい、ただその一心でしたね」。高橋氏はそう語ってくれました。

著名なJD-800ファン

JD-800は、初めてデジタル・シンセシスを自分の手でコントロールできるようにした、いわば実験的な機種でした。そして、それを手にした人たちもまた、熱意を込めてその実験に応えたのです。 特にPrinceJD-800のファンであり、アルバム『Rave Un2 The Joy Fantastic』にて“The Purple One”としてあちこちで使い倒しました。また、A Guy Called Gerald、Sasha、The Prodigy、Mouse On Marsといったダンスミュージック・プロデューサーたちにとってもお気に入りになりました。これまで多くのヴィンテージのローランド・ギアを使ってきた彼らは、パネルの操作子を見ただけで、それに誘われるままに使いこなしていきます。そして彼らは、次にローランド JUPITERの系譜を継ぐJP-8000が登場したとき、さらに前のめりになっていったのです。

"JD-800は、初めてデジタル・シンセシスを自分の手でコントロールできるようにした、いわば実験的な機種でした"

JP-8000: さらなるサウンドメイクの可能性

JUPITERのコンセプトが進化するにつれ、エンジニアたちは新たなJUPITERであるJP-8000に新規のサウンドメイキング機能を加えていきました。このことについて、JP-8000開発チームリーダーだった新垣隆済氏はこのように語っています。

 「オシレーター部分はJP-4/8と同様のノコギリ波、矩形波、三角波、ノイズ。これに、SuperSaw、Feedback Oscillator、Triangle Modなどの予め変調がかかった波形を加えて、より複雑な音色に変化させる事を実現できたんです」。

そしてこの中でも、この「SuperSaw」こそが、JP-8000のキラータッチとなりました。ノコギリ波を7つ重ねてディチューンを効かせることで、まさにSuperSawという名にふさわしく、巨大でブンブン唸るようなリード音色を作ることができました。ミックスの中であってもやすやすと突き抜けて聴こえ、それもまるでレイヴしているかのような低音がみなぎります。中でもトランスミュージックのプロデューサーたちは、このサウンドに魅了されフル活用しました。その真骨頂は、Darudeの大ヒット作『Sandstorm』で堪能することができます。

JP-8000, Photo by Acid Pix
JP-8000, Photo by Acid Pix (Creative Commons)

「ローランドがシンセサイザーにJUPITERとかJPという名を与えるときは、その時代の最先端テクノロジーに支えられたフラッグシップ・モデルだという証なのです」

JUPITER-X: キング再び

「ローランドにとってJUPITERは、とても象徴的な意味をもつ名称です」と語るのはJUPITER-Xを担当したシンセサイザー開発部エンジニアの永田晃弘氏。「ローランドがシンセサイザーにJUPITERとかJPという名をつけるときは、まさしくその時代の最先端テクノロジーに支えられたフラッグシップ・モデルという証なのです。もちろんJUPITER-Xも同じです」。

たしかにこれ以上最先端なJUPITERは他にはありません。JUPITER-Xは、独創的なZEN-Coreサウンドエンジンを心臓部に備え、JP-8をはじめとする歴代の名機をモデル・エクスパンションとして包括し、AI 制御のアルペジエーターを搭載。 「まぎれもなく2020年代に向けたJUPITERシリーズの後継者そのものです」。そう永田氏は言います。

市場の声に耳を傾ける

市場の声を聞いていると、ミュージシャンはJP-8の出音のみならず、その他のさまざまな要素も踏襲した、現代のJUPITERを求めていることがわかりました。 これについて、シンセサイザー部門統括責任者である山里尚和氏が語ってくれました。「市場でのさまざまな声の中に、JUPITER-8やJUNO-106などのヴィンテージモデルが、実はサウンドだけでなく素材を含む外観やユーザーインターフェイスでも強く認知されていると感じました。JUPITER-Xは、JUPITER-8と全く同じ素材を使った外観のデザインと、基本コンセプトを同じにしたパネルデザインを用いて開発した初めての音作りシンセです。きっとローランドのシンセを好きでいてくださる方々に喜んでいただけるだろうという強い想いでプロジェクトをスタートしました」。

JUPITER-Xは、JP-8さながらのスリムでカラフルなデザインですが、中には全く別物のポリフォニック・シンセが潜んでいます。多くの異なるポリシンセ(複数形!)であると言った方が正確かもしれません。モデル・エクスパンションにより拡張性が加えられ、クラシックなJP-8からモノフォニックのSH-101、画期的なJD-800まで、可能性が大きく広がっています。

つまり、JUPITERサウンドの次の進化の先駆けとなるために開発された、ユニークなサウンドエンジンであり、JUPITERの伝統をベースに、全く新しい機能性を兼ね備え、現代版であるからこそ表現できるビンテージ・サウンドまでをも実現しているのです。

「ローランドは歴史に残るシンセを数多く出してきました。それぞれに魅力があるから、より多くのモデルを提供したいと思ったんです」

JUPITER: 未来に向かって

永田氏は言います。「ローランドは歴史に残るシンセを数多く出してきました。それぞれに魅力があり、多くのファンから愛されています。だからより多くのモデルを世に送り出したいと思ったんです」。

 シンセを愛するファン達は、これらのモデル・エクスパンションを重ねて、“スーパーJUPITERシンセサイザー”にすることができるのです。まさに山里氏が「我々は未来に向けたJUPITERを提案しているのです」と言うとおりです。  

JUPITER-Xはローランドにとって名を残す偉大なシンセだと感じますか?と永田氏に聞くと、「もちろんです!これまでもファームウェア・アップデートの度にお客様のコミュニティは増え続けています。そして、今後も続くRoland Cloudのコンテンツ拡充を通じて、JUPITER-Xは今後も長く愛していただけるシンセになると信じています」と熱く答えてくれました。  

JUPITER-Xについて語っていた永田氏の頭の中には、過去から連なるJUPITERラインナップが思い浮かんでいたのかもしれません。現在、JUPITER-4JUPITER-8JD-800はバーチャルに形を変えてRoland Cloudの中に存在しています。  

ローランドは50周年を記念し、黒鍵盤とゴールドのアクセントを加えたJUPITER-X 50th Anniversary Modelを台数限定(非売品)で制作しました。このモデルは、2022年5月28日に、ローランド発祥の地、大阪で行われるイベントでの公開を皮切りに、世界中のシンセサイザーイベントで展示される予定です。

これから先、シンセサイザーがどのような形になっても、JUPITERの名前は、ローランドの高い革新性と卓越性の象徴であり続けます。

Adam Douglas

Adam Douglas is a prolific journalist and educator based in Nagoya, Aichi, Japan. His work appears in Attack, MusicTech, and elsewhere.