東京と大阪のほぼ中間に位置し、東海道新幹線の停車駅ともなっている静岡県浜松市。音楽産業が盛んな土地として「音楽の街」とも呼ばれており、ローランドの本社も浜松にあります。100年以上も前から音楽と深く関わってきた浜松の文化や風土は、ローランドの発展にも多大な影響を与えてきました。今回は、ローランドがどのように浜松の文化や風土と関わり、根付いていったのか、アメリカ人ジャーナリストAdam Douglasがご紹介します。
浜松へようこそ
浜松市は静岡県最大の都市です。人口は約80万人ですが、大都市っぽさはありません。繁華街の中心にある浜松駅を降り立つと、そこはもはや東京でも大阪でもないことがわかります。時間の進みがゆっくりと感じられ、人々はのんびりとしているように見えます。太平洋に面していることもあり、のどかな印象を持つかもしれません。しかしながら、この街の産業は目覚ましい発展を遂げています。少し先走ってしまったので、これについてはまた後ほどご紹介します。
地域文化
浜松市は、日本の三大都市圏(東京・横浜、大阪・京都、名古屋)のどこにも属していません。そのため、独自の文化が育まれました。もちろん、新幹線に乗れば東京へも大阪へも数時間で行けますが、浜松での日常生活は別世界のようです。大都市圏の影響を受けずに、浜松の文化は独自の発展を遂げてきました。
新幹線に乗れば東京へも大阪へも数時間で行けますが、浜松での日常生活は別世界のようです。
食文化
日本各地に名物料理はありますが、浜松も例外ではありません。浜松の名物料理といえば、浜名湖で獲れる「ウナギ」が有名です。日本国外では、ウナギといえば寿司のネタとして知られていますが、日本では漆の重箱でいただく「うな重」が一般的です。
炭火で焼かれたウナギを食べると、実に素晴らしい風味を楽しめます。また、熱い緑茶をかけて食べる「ひつまぶし」という食べ方もあります。
それと、浜松でもうひとつ有名な食べ物といえば「浜松餃子」です。伝統的な中華風餃子と違い、焼き餃子にもやしをのせて食べるのが浜松餃子の特徴です。
最後に、レストラン「さわやか」に行かずして浜松を訪れたとは言えません。この静岡県限定でチェーン展開するハンバーグレストランには、日本全国からここの味を求めて、多くの人が訪れています。
この白と黒のコントラストが美しい歴史的建造物を
訪ねれば、戦国時代にタイムスリップできます。
自然と観光
北側には山麓が、南側には太平洋が広がる浜松市は、豊かな観光資源に恵まれています。自然を求めて浜名湖に行けば、ボートや釣りを楽しんだり、目の前に広がる絶景を満喫したりできます。浮世絵の巨匠、歌川広重は浜松の景色をこよなく愛し、東海道五十三次の作品の舞台にも選んでいます。
歴史好きな人にとって、浜松城は欠かせないでしょう。戦国時代に天下統一を成し遂げた徳川家康将軍は、天下人となる前にこの城に17年間住んでいました。現在の浜松城は再建されたものですが、浜松駅から徒歩圏内にあるこの白と黒のコントラストが美しい歴史的建造物を訪ねれば、戦国時代にタイムスリップができるでしょう。
浜松市の祭り
少々堅苦しいイメージをもたれる日本ですが、確かに保守的な面もあるものの、楽しむことが大好きな国民性でもあります。中でも、祭りは重要な役割を担っており、それは浜松でも同じです。浜松で最大の人気を誇るイベントと言えば、「浜松まつり」。日本の一般的な祭りは仏教や神道に由来していますが、浜松まつりは子どもの誕生を祝う市民による祭りです。昼間には、赤ちゃんの健やかな成長を願うために特別な凧を揚げ、夜になると、市街地を巨大な山車が練り歩きます。
また、浜松は「浜松国際ピアノコンクール」の開催地でもあります。3年に一度催されるこのコンクールは、世界各国から参加者が集う音楽の祭典です。 ローランドはもちろん、同コンクールでスポンサーを務めています。
『やらまいか!』は『とにかく、やってみよう!』
という、浜松の起業家精神を表す合い言葉。
「やらまいか」の精神
浜松の方言に、「やらまいか!」という言葉があります。「とにかく、やってみよう!」という意味ですが、ナイキ風に言えば「Just do it」。この「まずはやってみよう」という気質は、浜松の起業家精神を表しています。浜松は地理的に大都市圏から離れているにもかかわらず、いくつもの日本の大企業が拠点を構えています。この気質が浜松を製造業の中心地としてきたのです。1948年にこの地で創業した本田技研工業は、現在でも自動車用トランスミッションの製造を浜松で続けています。スズキは1909年に浜松で創業し、現在も本社と工場が市内にあります。
この「やらまいか」の精神は自動車産業だけに留まりません。ヤマハ、カワイ、そしてローランドと、浜松には多くの楽器メーカーが集まっていることから、浜松が「音楽の街」として親しまれるようになりました。
音楽の街
新東名高速道路の浜松サービスエリアに到着すると、エリア全体がピアノの鍵盤のように描かれていることに驚きます。中に入ると、一般的なコンビニエンスストアや食堂が並んでいますが、一角にミニショールームがあり、ローランドの最新型の楽器を試奏することができます。これは旅の疲れを癒すのにもってこいです。こんなところでも、浜松が「音楽の街」であることをうかがい知ることができます。
浜松が音楽産業の要となったのは、1887年、リードオルガンを製造する日本楽器(現在のヤマハ)が設立されたのが始まりです。1927年にはカワイ、2005年にはローランドがそれに続き、浜松のアイデンティティは楽器と共にあります。
浜松市は、音楽との積極的な関わりを市政でも打ち出しています。1981年には、世界の楽器を多数展示した浜松楽器博物館を開館しました。インドネシアのガムランからヨーロッパ製のアンティークピアノまで、世界中から収集した楽器が収蔵されています。ローランド製の楽器も、貴重なシンセサイザーやドラムマシンなど、日本の他メーカーの楽器と並んで展示されており、音楽ファンには垂涎の的ともいえる博物館です。
家康くんの袴の部分はピアノの鍵盤であり、
この街のアイデンティティを表しています。
公式マスコット「家康くん」
日本はマスコット大国です。どんな都市や企業にも、製品や文化を表現する愛くるしいキャラクターが欠かせません。浜松市にも公式マスコット「家康くん」がいます。家康とはもちろん、浜松に居を構えていた戦国武将で後の将軍、徳川家康のことです。日本語の「くん」は、男の子や男性のマスコットの呼び名に使われます。
どのマスコットもそうですが、家康くんの装いも一見、複雑に見えるかもしれません。けれども、デザインのすべてに意味があります。家康くんの着物は、緑と青。緑は浜松の豊かな自然を、青は浜名湖をはじめとする周辺の豊かな水源を表しています。右胸にあるオレンジ色の輪切りは、浜松の特産品であるミカン。そして、ちょんまげはウナギ。さらに、袴の部分はピアノの鍵盤であり、この街のアイデンティティを表しています。
浜松市内を歩くと、至るところで家康くんを見かけます。 その愛くるしいキャラクターは、「ゆるキャラグランプリ2015」(毎年開催されるマスコットキャラクターの人気投票)で、見事グランプリを獲得しています。
大阪で生まれたローランド。しかし、ローランドは創業からほどなくして浜松で存在感を確立します。
大阪から浜松へ
ローランドは1972年、大阪で創業しました。当時勤めていた従業員やエンジニアの多くは、大阪近郊出身でした。大都市である大阪は事業活動には向いていますが、必ずしも製造拠点に最適とはいえませんでした。そのため、ローランドは1973年10月に同社初となる工場を浜松市に建設したのです。
1977年4月には、シンセサイザーに特化した工場を浜松市にオープンさせます。当時はSystem 700、System 100、そしてSH-5の時代で、まさしくローランドが時代の波に乗っている時期でした。同社は1986年3月にも工場を建設し、1990年4月には配送やロジスティクスを管理する流通センターを開設します。さらに1997年7月、電子ピアノを製造する都田工場の操業を開始しました。このように、ローランドの世界での認知度が高まるにつれ商品数も増え、浜松市で事業を拡大し続けました。
本社機能を大阪に残しながら製造拠点を浜松に置く体制を長らく続けてきましたが、ローランド本社の浜松への移転は、自然な流れに思われました。最終的に2005年7月、ローランドは浜松市細江に本社を法人登記しました。
反射音が一切ない素晴らしい無響室で、ローランドの音源が録音され、サンプル化されています。
研究開発
ローランドのパズルを完成させるには、もう1つ大事なピースがあります。管理部門や財務部門などの本社機能は細江にありますが、 楽器や製品技術の開発を支える研究開発は、同社の浜松研究所で行われています。1990年9月に設立された浜松研究所は、成長著しい同社の新しいアイデアをかたちにする拠点として、2000年6月にさらに拡大されました。
浜松のシンボル、浜名湖を見下ろす位置に佇む浜松研究所は、ローランドが新製品を着想し、テストを実施し、完成させる場所です。しかし、ここは単なる研究所ではありません。1991年5月にはレコーディングスタジオも開設されました。プロ仕様のスタジオに、ローランドの録音機材が壁一面に並んでいます。また、反射音が一切ない素晴らしい無響室も備わっています。ここではローランドの楽器に使用される音源が録音され、サンプル化されています。それ以外にも、シアター、オルガン用ショールーム、製品を展示したローランド・ミュージアム(一般非公開)も併設されています。
ローランド・ミュージアムには、ローランドの50年の歴史が生み出した数々の名器が展示されています。
ローランド・ミュージアム
ローランドの浜松研究所を訪れたら、必ず立ち寄りたい場所がローランド・ミュージアムです。ここには、ローランド50年の歴史が生み出した数々の楽器やエフェクターが展示されています。 シンセサイザー、電子ピアノ、ドラムマシン、シーケンサー、ドラム、エフェクターなど、子会社であるBOSSの製品も数多く紹介されています。
JUPITER-8からTR-808まで、ローランドの歴史を刻む名器の数々が収められており、そのコレクションの数に圧倒されます。 しかも、これでもまだ50年の歴史の中でローランドが生み出した製品のごく一部に過ぎないのですから、驚きです。展示品の充実度には目を見張るものがあります。ミュージアムは一般公開されていませんが、YouTube で360度VR動画 や Google Mapsのストリートビューでバーチャルツアーを楽しむことができます。
浜松らしさとローランドらしさ
大阪で創業したローランドですが現在では浜松に深く根ざし、地域の文化と伝統の一部となっています。創業時から常に新しいことに挑戦し、限界へと挑む「やらまいか精神」をそのまま体現してきました。その心意気は、現在でも変わらずローランドの経営方針に息づいています。