TR-606 Drumatix、絶えることない存在感
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TR-606 Drumatix、絶えることない存在感

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実を言うと、606は他のマシンほどポピュラーではありません。1981年に発売されたTB-303を追う様に発表されたもう一つの銀色の筐体、それがDrumatix TR-606です。 TB-303 ベース・ラインとTR-606リズム・マシン。 それぞれトップ・パネルは同じ形状のツマミやボタンがレイアウトされ、このコンビネーションは次世代にやってくる「Drum’n’Bass」の先駆けとも言えます。

TR-606は、その後主流となるコンパクト・リズムマシンの草分け的存在なのですが、当時、世界はまだこのマシンを受け入れる準備ができていませんでした。少なくとも、最初は誰にも理解されぬまま時代は進んでいきます。

TR-606, Photo by Midas Wouters
TB-303, Photo by Dr. Motte
シルバー・ブラザーズ

銀色のボディーが似ているので、606は遠目に見ると303と見間違うほどです。 ローランドは、この2つの兄弟マシンが一緒に使われることを最初から意図してこういった設計としました。ベースサウンドは303でプログラムし(「ベース弦の代わりにボタンを使用して」と、1982年の米国のパンフレットに記載されています)、次に、606でプログラムしたリズムパートを同期させて走らせます。当時まだこういった「プログラマブル」な機能は一般的ではなく、その代わり、プリセットのリズム・パターンをスタート/ストップさせるいわゆる「リズムボックス」が主流な時代でした。ボサノバやサンバなど、音楽ジャンル・ボタンを押す、あのリズムボックスです。

当時の常識からすると、TR-606に搭載されたスペックは並外れたものでした。当時、TR-808、CRシリーズ、またはロジャー・リン製のLinn Drumなどが存在していましたが、それら機材の数分の1の価格、サイズ、重量で、これらに匹敵する機能を凝縮していたわけです。

サウンド

32のリズムスロット、16のステップ(最大256バー)、電池駆動、および1 kgをわずかに超える重量。キック、スネア、タム、シンバル、ハイハットなどの内部にアナログ・ドラム・サウンドを搭載。アクセント、トリガーイン、トリガーアウト、そしてDINコネクタでテンポ・シンクも活用できます。まるで最新機器のスペックシートを見るかの様です。

「606を遠目で見ると303と見間違うかもしれません。ローランドは、この2つの兄弟マシンが一緒に使われることを最初から想定して設計しました。」

繰り返されるトレンド

しかし、当時TR-606の価値は見出されぬまま、早くも1984年に生産中止となり、それと同時に、売れ残ったTR-606が大量に中古市場や質屋に流出していくことになります。

これを聞いて、TR-808とTB-303の歴史をご存知の方は、この後何が起こったか、もう気づかれたかもしれません。そうです、当時のパイオニア的ミュージシャン達が、掘り出し物の機材を発掘しては、常に新しい音楽シーンを切り開いてきた時代です。TR-606もこの例に漏れず、先駆的なミュージシャンに再発掘され、新しい音楽文化の一端を担う道を歩み始めます。

ソニック・カメレオン

TR-606は、粒立ちの良いパンチの効いたサウンド、トリガー機能、および幅の広い改造で一躍有名になりました。そのサウンドは、TR-808やTR-909とは異なる回路から生成されていたため、それら兄貴分のマシン達とは異なり、「特定の音楽ジャンルに特化しない万能さ」が、逆に一つの特徴となっています。

TB-303がAcidの代名詞になり、TR-808とTR-909は、それぞれヒップホップやテクノ、ハウスと言った音楽ジャンルで不可欠なビートマシンになりました。一方で、TR-606は、特定の音楽ジャンルを定義することなく、あらゆるジャンルでの使用に適していました。 確かに、Massive AttackやAutechreなどの著名なプロユーザーは存在しますが、必ずしもTR-606と彼らの音楽性を極端に関連付けるのは正解とは言えません。 606は、いわば「カメレオンのような存在」です。パンクからIDMまで、ドライ、ウェット、歪み、あるいは改造されたり、サーキット・ベンディングされたりと、さまざまなスタイルのTR-606サウンドを楽しむことができます。

Massive Attack, Photo by Platonova Alina
Autechre, Photo by Bafic
Autechre, Photo by Bafic

「兄弟マシンの特徴とは異なり、TR-606は音楽ジャンルを限定しないのが一つの大きな特徴と言えます」

シスターズ・オブ・マーシー(Sister of Mercy)

スイング機能を搭載していないため、606はそのストレートで機械的なビート感が特徴と言えます。(ちなみに、新しいTR-06では、「スイング・イン」機能をあえて追加しています。)イングランドのリーズにて結成された シスターズ・オブ・マーシーは、TR-606を初期段階から使っていたことで有名です。

シスターズ・オブ・マーシーは、1982年発表した「アリス」のように、ゴスロックとポストパンク/ニューウェーブで606のポジションを確立させました。当時リズム・マシンはとても斬新で、彼らの初期活動においては、この606を「ドクター・アバランチ」という名前のバンドメンバーと見立てて、わざわざレコードにクレジットまでしていました。

ドレクシア(Drexciya)

606はエレクトロ、および、デトロイトの音楽シーンにも深いコネクションを持ちます。非常に斬新で未来的な使い方で606をフィーチャーしているトラックとしては、1996年のデレクシアの「Rublick’s Cube」が代表的と言えるでしょう。

キッド606(Kid606)から、ナイン・インチ・ネイルズ (Nine Inch Nails)まで

革新的なプロデューサー、キッド606として知られるMiguel Trost De Pedroは、その芸名に忠実に、常に606を使用していました。ややこしいですが、808ステイトも「606」という楽曲でこの606サウンドを活用しました。さらに、ナイン・インチ・ネイルズの著名な「クローザー」では、TR-606の殺伐としたロボット的ビートを楽しめます。

 

「パンクからIDMといった音楽ジャンルで、ドライ、ウェット、歪み、あるいは改造されたり、サーキット・ベンディングされたりと、さまざまなスタイルのTR-606サウンドを聴くことができます。」

ミスターオワゾ (Mr. Oizo)

皮肉なことに、606を嫌っていたミュージシャンまでも、TR-606でヒットを打ち出します。フランスのミスターオワゾは、606のキックサウンドをずっと茶化していました。が、彼の1999年の大ヒット曲「フラットビート」では、まさに「そのサウンド」が曲の立役者となっています。 

デクスター (Dexter)

ミニマルな606キックを分厚い808キックサウンドと入れ替えようとする前に、ぜひこれを聴いてください。アムステルダムのプロデューサー、デクスターは、控えめなサンプルを魅力的に変化させる最適な方法を活用しました。クールなビートは、トラック全体をエフェクトで特定の色付けするわけではありません。むしろ色々なサウンドが飛び交う中、606の基本的なグループが、リスナーの頭を揺らし続けています。

プラスティックマン (Plastickam)

極端に逆の例を紹介します。世界的に著名なテクノ・ミニマリスト、プラスティックマンの「ヘリコプター」をお聴きください。6分25秒の間、このトラックは全体を通じて、タイトでマッシブなスネアロールのパターンが表情を変えながらグルーブを組み立てています。

ラッセル・エリントン・ラングストン・バトラー (Russell Ellington Langston Butler)

606サウンドは進化し続けています。 バルミューダ島出身のブルックリン住人 ラッセル・バトラーは、606を幻覚作用のあるダンスフロア・マシンに変えてしまいました。バトラーは、2019年に発表したEPは606にちなんだ曲名をつけています。ここで彼は、606の各種トリガーを多用し、Double modular bleepsを使ったエフェクト処理を聴かせています。

 

「パンチのあるサウンドでありながらも、でしゃばり過ぎない。だから色々な楽曲でハマるんだ。」
- アダム・ジェイ

Adam Jay, Photo by Jack Shepler
Erika, Photo Courtesy of the Artist
アダム・ジェイ(Adam Jay)

「サウンドにはパンチがあるんだけど、邪魔にならないようにもできる」と、ハードウェア・ライブパフォーマーであるインディアナポリス育ちのアーティスト兼プロデューサーのアダム・ジェイは主張します。「だからこそ、TR-606は作曲には必須なんだ。606は、曲のスター的存在にもなれるし、逆にバックアップ的な守りのポジションでもうまく立ち回って楽曲を支えてくれる。」

ジェイの「Runaway Groove」は、実に606っぽいハウス・トラックであり、時代を超えたサウンドクオリティーを楽しむことができます。アンダー・グラウンド・レーベルからの、『デトロイト・アンダーグラウンド』はオススメなトラックですので、ぜひCOVID後のプレイリストでお楽しみください

エリカ(Erika)

「それはもう一種の溺愛状態と言えるかもね」と、デトロイトのプロデューサー、エリカは言います。文字通り606以外には脇目も触れることはなかった体験をエリカはこう振り返ります。「606は私の最初のパートナーなの。これでドラムのプログラミングについて学び、毎晩ヘッドホンをしながら一緒に寝てたわ!」

最新の53分のトラック “The Filtered Sunは、606とデジタル・テクスチャの融合が楽しめるライブアルバムで、エリカはこのレコーディングについて、「水中での生活、熱と化学物質の反応、光と物体の動き、そんな翔んでる時間の経過を表現したライブアルバムなの」と説明しています。実際、これらトラックの豊かな表現力は、これら独特な雰囲気すべてを起草することができるクールなアルバムに仕上がってます。

「6つのサイン・ウェーブ・オシレーターは、バンドパス・フィルターとハイパス・フィルターで加工され、メタリックな響きが強調されます。」

TR-606の回路

実際のTR-606の回路とは一体どうなっているのでしょうか?実は、とってもシンプルなのです。キックは、2つのオシレーターがレゾナント・ツイン・Tフィルターを通過しますが、これは一部のギターのディストーションペダルで採用されているのと同じフィルターです。

スネアも同様にとてもシンプルですが、独特なハイパス・フィルターを装備しています。そしてシンバルが対になっています。パラレルでバンドパス・フィルターとハイパス・フィルターでプロセスされた6つのサイン・ウェーブ・オシレーターは、メタリックな響きに溢れかえっています。個々のサウンドがアクセントに微妙に反応することにより、外付けのエフェクターを追加するまでもなく、606のサウンドはとても繊細かつアグレッシブなものになっています。

 TR-606は、エンジニアの菊本忠男氏と彼のチームの製品デザインをすべて継承しています。TR-606は、TR-808、TB-303、TR-909といった歴代のマシンの弟分として、後に発表されています。それまでの兄貴分のマシンと比較し各所に改善がなされていてマシン内部設計もとてもシンプルな構造になっています。

そして現在、未来

606は今の時代の音楽文化創造においても「現役」で貢献しています。エリカ、アダム・ジェイなどのアーティストは、この小さな銀色の筐体を、「全く新しい世界へ送り込むべき小さなカプセル」として位置付け、今なお主役として活躍させています。また、ソフトウェアでTR-606を忠実に再現したRoland Cloudソフトウェア・バージョンは、Drumatixらしさを世界中の皆様のDAW環境にも継承します。

 途中で紹介したTR-06と同様に、Roland Cloudのソフトウェア・バージョンでも、「スイング/シャッフル」が追加されて、今ではより多くの音楽ジャンルに対応できるようになりました。発表されてから40年。606はさまざまなミュージシャンの手を渡りながら、最新のミュージシャンに必要とされる姿に再発明されたと言えるかもしれません。

Vintage TR-606, Photo by Dadadata
Roland Cloud TR-606 with Edit Window

Peter Kirn

Peter Kirn lives in Berlin and is editor of CDM.link. He is an electronic musician and technologist with a background in composition and musicology, producing both experimental and club music and speaking around the world about new expressive technologies.