CR-78の全貌
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CR-78の全貌

TR-808やTR-909がヒップホップやダンス・ミュージックを一変させてしまうその前、CR-78がポップ・ミュージックに大きな影響を与えた。これはローランドが手掛けた最後の、オルガンの上に置くリズム・マシンの物語である。

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ドラム・マシンのプログラム機能は今や当然のものだが、かつてはプリセットしか持たなかった時代がある。その頃に出来ることといえば、ボタンを押してフォックストロット(アメリカの社交ダンス)のリズムを再生してTEMPOノブを調整するくらいで、1978年にローランドのCR-78が登場するまでそれが普通だった。世界で初めてコンピューター制御でプログラム可能なドラム・マシンとして、CR-78はミュージシャンをプリセットの縛りから解放し、その10年後に世界を席巻するRoland TR-808とTR-909の礎を築き上げた。しかしその2台のヒットの前に、CR-78自体が大きな波を起こすことになる。

CR-78 Front
‘78年の精神

1970年代後半は、ポップ・ミュージックにおけるリズムの変革期だった。ニューウェーブ、ポスト・パンク、ディスコ、レゲエといったジャンルが、互いに影響を与え合いながら、リズム面で新たな道を切り拓いていた。同時に、楽器の世界でも変化が進行していた。先端のテクノロジーによって、手頃な価格のポリフォニーや、メモリー・リコール可能なシンセサイザーが登場し、ドラム・マシンもその恩恵を受けようとしていた。 

こうした音楽的・技術的変化の最中、CR-78 は1978年にデビューした。外見は一見、プリセットだけのオルガン用リズム・マシンに見えたが、中身はまるで違い、まさにミュージシャンが待ち望んでいたものだった。CR-78 がドラム・マシンの歴史の中でどんな位置づけにあり、どれだけ画期的だったのかを理解するには、少し時間を遡って先祖たちに目を向ける必要がある。 

"音楽的・技術的変化の最中、CR-78 は1978年にデビューした。"

オルガン・オリジン

70年代、オルガン奏者はその楽器の上に載せるリズム伴奏機を利用していた。現代のドラム・マシンと比べれば簡素で、これら装置はアナログで生成されるプリセットから、ポピュラーなリズム・シーケンスを奏でた。多くはラテン系(サンバやボサノヴァ)で、のちにはロックやディスコの設定も加わった。 

TR-77、TR-330、TR-66 といったさまざまなリズム・ボックスを経て、Roland は1978年末に CR-78 を発表した。独特のサウンドと先進機能のおかげで、CR-78 は瞬く間にポップの現場に現れ、初めてともいえる、必携ドラム・マシンのひとつになった。ミュージシャンはシンセサイザーやギターと同じ感覚で CR-78 の音を求め、当時のリズム志向の音楽と見事にマッチした。 

Roland TR-77, Photo by Trouby

"ミュージシャンはシンセサイザーやギターと同じ感覚で CR-78 の音を求め、当時のリズム志向の音楽と見事にマッチした。"

CR-78 Detail
時代に即したデザイン

見た目だけなら、CR-78 は当時の他のリズム・マシンと大差なかった。木製の箱型筐体に、オルガンの上に置いて操作しやすいよう縦向きのフロントパネル。カラフルなプリセット・ボタンが並び、大きなアナログのテンポ・ノブを備え、1970年代のリビング・ルームのようなデザインだった。しかし、よく見ると革命的なセクションがある。PROGRAMMERと記されたセクションだ。CR-78 は世界初の機能、デジタル・プログラミングが可能で、リズム・マシンからドラム・マシンへとその呼称を変える一助となった。

CRとは「CompuRhythm(コンピュ・リズム)」の略。内部の NEC 製マイクロプロセッサによってカスタム・パターンの保存が可能になったことを示している。もうプリセットに縛られる必要はなく、ユーザーはステップ・プログラミングで自由にビートを打ち込み、メモリー(RAM)に保存、電源を切ってもニッケル・カドミウム電池がそれを保持した。ひとつ注意点として、オプションの WS-1 リモート・プログラマーが必要なことだ。ローランド は CR-78 を8000台製造したが、WS-1 はわずか2000台しか作られず、当時からすでに希少品だった。   

プログラマーの希少性もあって、多くのミュージシャンはプリセットを活用し、それが今日CR-78 の魅力として愛される所以にもなっている。さらに、ローランド がリズム・マシン向けに開発した技術の進化によって、CR-78 はプリセットさえも多彩に奏でる方法を備えていた。

"CR-78 にはカラフルなプリセット・ボタンが並び、大きなアナログのテンポ・ノブを備え、1970年代のリビング・ルームのようなデザインだった。"

プリセットの力 

CR-78 は20種類のプリセットが2列に配置され、上段にはロックとディスコ、下段にはラテン系のリズムやワルツ、スウィング、日本市場向けの演歌など多彩な設定を備えていた。複数のボタンを同時に押すことでプリセットを合成し、新しいリズムを作り出すこともできた。

RHYTHMスイッチで A/B が選べ、一部のプリセットには別バリエーションが存在した。VARIATIONノブを使えば、複数のフィルから選択しそれを、2、4、8、12、16小節ごと、あるいは手動で設定出来た。さらにフェード・イン/アウトも作れて、ライブの盛り上げに一役買った。 

個々の音のコントロールは少なめだった。プリセットされたパーカッションには、バス・ドラム、スネア、リム・ショット、ハイ・ハット、シンバル、タンバリンといった定番に加え、ラテン系のマラカス、クラベス、カウベル、ハイ・ボンゴ、ロー・ボンゴ、ロー・コンガ、ギロも含まれていた。さらに、プリセットまたはプログラム可能なアクセント機能があり、ACCENTノブで強さを調整できた。 

"愛らしく、どこか子どものようなCR-78 の音は当時の音楽にぴったりハマった。"

カワイイくらいにシンプル

プリセット内の各音の配置を変更することはできなかったが、CR-78 は他の要素で調整の余地を持たせていた。マスター・ボリュームのスライダーに加え、BALANCE調整があり、これはフィルターでバス・ドラムの低域、またはハイ・ハット/シンバルの高域を強調するものだった。
CANCEL VOICEセクションで特定の要素をミュートでき、ADD VOICEセクションにはタンバリンとギロ専用のボリューム・スライダーがあった。極め付きはMETALLIC BEATで、これはスライダーを上げると、ブザー音のような電子的なニュアンスのシンバル/ハイ・ハットのパターンが追加されるというユニークな機能だった。 
サウンド自体はカワイイくらいにシンプル。特段にリアル志向ではないが、それはユーザーにとって問題ではなかった。その多くが新しい音を求めていたからだ。愛らしく、どこか子どものようなCR-78 の音は当時の音楽にぴったりハマった。 

トリガーに指をかけて 

CR-78 に搭載されたもう一つの驚くべき機能がTRIGGER OUTだ。これとCLOCK INにより、ただ一つのオルガンの上に置く使い方だけでなく、電子スタジオの環境で活用できた。CR-78 を初めて使用した楽曲の一つである、Blondie の”Heart of Glass 

においてTRIGGER OUTは重要な役割を果たした。

バンドが新たに購入したCR-78 は、チャートを席巻したこのディスコとクロスオーバーする楽曲で大きくフィーチャーされた。曲頭で単独に聞こえるリズムは、MAMBOとBEGUINEのプリセットを組み合わせたもの。さらに CR-78 はベース・ラインの生成にも用いられている。キーボーディスト Jimmy Destri のSH-5のフィルターをTRIGGER OUTでモジュレーションし、有名なパルス的なベース・ラインを生んだのだ。 

"CR-78 に搭載されたもう一つの驚くべき機能がTRIGGER OUTだ。これとCLOCK INにより、独奏するオルガンの上に置くだけでなく、電子スタジオ環境で活用できた。"​ ​

Phil Collins, Photo courtesy of the artist
In The Air

Blondie が CR-78 を最初に用いたアーティストの一組だとして、このドラム・マシンを最も有名にしたのはPhil Collinsだろう。1981年、CR-78が生産終了となったその年、元ジェネシスであるそのドラマーは「In The Air Tonight」を発表した。彼の人気アルバム 『Face Value』 からの大ヒットシングル「In The Air Tonight」は、前半にCR-78のDISCO 2、A VARIATIONをフィーチャーし、徐々に盛り上がる曲となっている。リバーブと強めのコンプレッサーをかけ、Collinsのボーカルの背景に、心に残るミニマルなリズムを奏で続けます。その後に続く、象徴的なアコースティック・ドラムの力強いフィルが鳴り響くまで。

CR-78 が他に顕著に使用されている例としては、Daryl Hall & John Oates「I Can’t Go For That (No Can Do)」の Rock 1 パターン、Ultravox「Vienna」の Rock 4、Chris De Burgh「Lady In Red」の Enka、John Foxx『Metamatic』のほぼ全曲など、その他多数挙げられる。

CR-78 は、数多くのソウル、ダブ、ポスト・ディスコの楽曲にも欠かせない要素となった。Franky Beverly and Maze 「Joy and Pain」、The Congos 「Congo Man」(プロデュース:Lee “Scratch” Perry)、Sun Palace 「Rude Movements」、Wally Badarou 「One Day, You Won’t Give It Away」などが挙げられる。

次世代へ

CR-78 は ローランドにおける、オルガン用リズム・マシンの系譜を締めくくったモデルかもしれない。しかし同時に、同社の現代的なドラム・マシンの第一号とも呼べる存在だ。A/B VARIATIONスイッチ、FILLボタン、プログラム機能といった CR-78 の機能の多くは、TR-808 に受け継がれていく。 

TR-808 以降の機種は、TRスタイルのステップ・プログラミングを切り拓いた。一方で ローランド は、WS-1 による CR 独自の操作(2つのボタンでノートと休符を手動入力)を BOSS Dr. Rhythm DR-55 に引き継いだ。これはポスト・パンクやNew Order などのようなニューウェーブのバンドに大人気となった。 年月を経て、数え切れないヒップホップやエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーが、CR-78 のハイ・ハットのシャープなアタックを好んで使用してきた。いまではTR-8STR-6SにもCR-78が搭載され、伝説的なその音が新世代に受け継がれている。

CR-78, TR-8S. TR-6S

"CR-78 は、オルガン主体の過去と、コンピューター化された未来という、2つの音楽的時代の橋渡しをした。"

その影響力と遺産

発売から45年を経た今もなお、CR-78 の影響力は拡大し続けている。現代のミュージシャンは世代を超えてこの楽器を再発見している。そのユニークなサウンドと操作性は、Radiohead、Modest Mouse、Todd Terje といったアーティストにもインスピレーションを与えてきた。 

CR-78 のTRIGER OUTとシンク機能は他の機材と組み合わせて動作していたが、現代の音楽制作に不可欠な MIDI の登場は、まだ数年先のことだった。現在では 、CR-78 に スタート/ストップ、テンポ、個々のノートをコントロールするMIDI を追加する改造も可能となった。これにより、ハードウェア・シーケンサーや DAWを用いて打ち込みが行える。

CR-78 は、オルガン主体の過去とコンピューター化された未来という、二つの音楽的時代の橋渡しをした。プログラムが可能となり、単なるプリセットのリズム・マシンにとどまらず、初めて真のドラム・マシンとなったのだ。リズムを探求し、新たなジャンルを切り拓くミュージシャンにとって、今でもCR-78 はインスピレーションの源であり、現代の音楽の景色に、これからも永く貢献し続ける存在し続けるだろう。

訳注:リズム・ボックス(Rhythm Box)、リズム・マシン(Rhythm Machine)、ドラム・マシン(Drum Machine)は、原文通りとした。 

Adam Douglas

Adam Douglas is a prolific journalist and educator based in Nagoya, Aichi, Japan. His work appears in Attack, MusicTech, and elsewhere.