ローランド・サンプラーの歴史
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ローランド・サンプラーの歴史

約40年にわたるローランド・サンプラーの歴史を遡り、それぞれの時代のハイライトを振り返ってみましょう。

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ローランドには、サンプラーという楽器に対する長く、そして多彩な歴史があります。1980年後半にサンプルベースのエレクトロニック・ミュージックの人気が爆発するずっと以前からスタートしたその歴史は、最新のSP-404MKIIに至るまで、いくつもの新しい音楽ジャンルの誕生にも貢献してきました。他の電子楽器の開発と同様、ローランドのサンプリング・テクノロジーは、何十年にもわたって、改良を重ねてきました。ローランドのサンプリングの歴史、そして、それぞれの時代のハイライトを振り返ってみましょう。

「S」のデビュー

ローランドは1986年にS-50でサンプリング音楽市場に参入しました。当時S-50は、手頃な価格ながらもプロ仕様のサンプラーとして人気を博しました。

S-50は、16ボイスのポリフォニーを備えつつ、さらに4パートのマルチティンバーを採用。各ティンバーのサウンドを個別でミキシングできるように、4系統の独立アウトプットも備えていました。外部CRTモニターディスプレイを直接接続でき、波形をTV画面に表示して視覚的に編集することもできました。電子スタイラスを使用して波形編集ができるデジタイザー・タブレットDT-100も販売しています。 

S-50のプロセッサは12ビット、サンプリングレートは30kHzまたは15kHzが選択可能で、15kHzを選択すれば、サンプリング時間を14.1秒から28.8秒に延長することができました。ハイパスとローパスの二つのデジタル・フィルターがありましたが、リアルタイムではありませんでした。後に発売されるラックマウント・バージョンのS-550と、そのTVF(Time Variant Filter)がD-50から移植されるのは1年後のことです。廉価版S-10もデビューし、より幅広くお客様にご利用いただけるようになりました。 

フロッピーディスクを使って工場出荷時のサンプルファイルを読み込んだS-550

制作の天才

1989年頃には、サンプリングでの音楽制作が大流行しました。新しいテクノロジーを積極的に活用して音楽制作現場に様々な提案を続けてきたローランドは、当時人気のあったワークステーション型キーボードのコンセプトとサンプラー ― S-50 / S-550 / S-330シリーズ、PCMシンセサイザー・エンジン、およびシーケンサー ― を一気に統合させ、W-30を誕生させました。 

サンプリングはまだ12ビットで、サンプルメモリはS-50と同じでしたが、マルチティンバーは8パートに増えました。 内蔵ROMには128のトーンと32のパッチを収録し、ドラム、ベース、ピアノなどの基本的なシンセ・サウンドと70のサンプルを搭載していたのが特徴的です。ユーザーは、S-550同等のリアルタイム・フィルターやエンベロープ、LFOを使用して音色変化を楽しむことができます。ワークステーション部にはフロッピーディスク・ドライブを搭載し、付属の工場出荷時のサンプルもロード可能でした。

W-30のシーケンス部分には、MC-300およびMC-500シーケンサーを搭載していました。 これらは最大20曲を内蔵メモリに保存でき、ディスクには更にたくさんのデータを保存できます。W-30は、ProdigyのLiam Howlettのお気に入りの「武器」としてよく知られています。実際、彼はThe Fat Of The Landまでの全グループのレコードでW-30を使用しました。。また、ヒップホップ・プロデューサーにも同様に支持され、特にEPMDのErickSermonとThree 6 MafiaのDJ Paulが使用していたことは有名です。

高度な再現性   

今日のミュージシャンは、あえて粗い目の12ビット・サンプリングを高く評価していますが、当時のトレンドは、サンプルの忠実な再現性が求められていました。そんな中、ローランドでは1990年にラックマウント型サンプラーS-770を発売しました。これは、最大16ビット / 48kHzのステレオ・サンプリングを可能にし、その洗練された最新の高品質サウンドで多くのミュージシャンを魅了しました。。ユーザーは、TVFおよびTVA(時変増幅器)を介してサウンド・エディットが可能となりました。S-770(およびその廉価版であるS-750。1991年発表)は、その温かみのあるプレゼンスで人気を博し、今でも高く評価され続けています。 

3オクターブ、トリガーパッド、そしてDJスタイルのスクラッチパッドを搭載したサンプリング・ワークステーションDJ-70

Hey DJ

すべての製品がすぐにヒットするわけではありません。多くの場合、時代の先を行き過ぎていて、まだ世の中に受け入れられる準備ができていないこともあります。DJ-70(1992)とその後継機DJ-70MKII(1996)を例にとってみましょう。DJ-70を開発したRoland Europeでは、当時流行していたエレクトロニック・ミュージックやヒップホップの世界での活躍を期待して開発を進めました。サンプリング・ワークステーションと呼ばれるDJ-70には、3オクターブのキーボード、トリガーパッド、DJスタイルのスクラッチ・ホイールが搭載され、S-770エンジンに基づいて内部構造を設計した結果、22.05Hzまたは44.1kHzで16ビットのサンプリングに加えて、24ボイス・ポリフォニーのスペックを誇りました。 

特筆すべきは、先進的だった新機能です。リアルタイムのフィルターとエンベロープに加えて、3系統のLFO、更にリサンプリングが可能でした。ユーザーはJD-990に搭載されていた6つのアルゴリズムの1つを使用して、2つの個別サンプルを組み合わせることができます。また、TVF、TVA、およびリングモジュレーションなどの、多様な組み合わせによる音色エディットも可能でした。RPS(Realtime Phrase Sequencer)を使用したリアルタイム・サンプリングとフレーズ・シーケンスも搭載。DJ-70MKIIはメモリを追加することができ、シーケンサーを強化し、BPMサンプル・コントロールを使うことで、すべてのサンプルをマスターテンポに同期できるようにしました。こうしてローランドは、時代の先端ドレンドを求めて走り続けます。 

Roland MS-1, Photo Courtesy of Elperfectoinsecto (Creative Commons)
Roland MS-1, Photo Courtesy of Elperfectoinsecto (Creative Commons)
SPシリーズの祖先たち

90年代半ばまでに、ラックマウント・サンプラーの流行はピークに達し、テクノロジーは別の方向に進んでいました。DJ-70と同じように、ローランドはシーケンサーを内蔵したサンプリング・デバイスの可能性を求めていました。そしてSP-404でピークに達するまで、わずか数年の間で起こることになります。 

1994年、SP-404の前身であるMS-1がデビューしました。フレーズ・サンプラーと呼ばれるこのMS-1は、キーボードを一切使わずに、本体だけで手軽に演奏ができました。これは、今でこそすっかりお馴染みになりましたが、『ナンバー付きトリガーパッド』が2列並んだユーザー・インターフェースでした。もちろん、これらはサンプルをトリガーするためのものです。サンプリング・クオリティーは4段階のレベルがあり、ユーザーは録音時にそれらを目的に合わせて選択できました。High(44.1kHz / 32.07kHz)、Standard(32kHz / 23.27kHz)、Long-1(22.05kHz / 16.04kHz)、そして最もLo-fiなLong-2(16kHz / 11.64kHz)といった選択肢でした。  

エフェクトは搭載していませんでしたが、サンプルのピッチ制御、スタートポイント、エンドポイント、ループポイントを設定、編集することができました。カナダのアンダーグラウンド・ヒップホップ・プロデューサーであるSixtooとPrefuse73のお気に入りであるEliotLippは、MS-1をメインで活用しました。同年、ローランドはデスクトップ・ユニットであるJS-30をリリースしました。 JS-30には、ナンバリングされたパッドの代わりに、鍵盤1オクターブの様に配置された13個の黒と白のパッドを搭載しました。8ボイス・ポリフォニー、8ビットまたは16ビットのいずれかのサンプリングを選べます。また、内蔵ROMには、エレクトロニック・ミュージックに特化した36種類のPCMサンプルが搭載されており、Grooveboxの祖先のような設計となっています。

2003年、VariPhraseテクノロジーをフラグシップ・キーボードV-SYNTHに搭載

VariPhrase の「V」

SPシリーズに入る前に、2つの「Vプロダクト」サンプリング・マシンに触れておきましょう。最近では、エラスティック・オーディオはごく当たり前のサウンド・エディットと考えられています。2001年に発表された「Ableton Live」は、最初のDAWでした。これは、オリジナル・オーディオのイメージは残したまま、再生速度だけを変えたり、異なるテンポに一致するようにオーディオをストレッチさせたりすることができ話題となりました。実はローランドは、その前年2000年にVP-9000 VariPhraseプロセッサを市場に投入してこれらを実現していました。 

6ボイス・ポリフォニーを備えたラックマウント型サンプラーであるVP-9000は、ローランドの新規VariPhraseアルゴリズムを使用して、「Time」と「Pitch」の独立コントロールを実行しました。実際、「Time」と「Pitch」、更に「Formant」を、グルーヴに合わせてリアルタイムでMIDIコントロールできるこの技術は、現在のZEN-Coreの前身と言える技術でした。そして忘れてはならないのがDaftpunkの著名なロボット・ボーカルのサウンドでしょう。彼らはVP-9000を好んでその楽曲に活用していました。 

2003年、ローランドはVariPhraseテクノロジーをV-Synthに搭載し、サンプラー内蔵フラッグシップ・キーボードとしてリリースしました。24ボイス、アナログ・モデリング、PCM波形とサンプリング機能、および外部信号の処理をも組み合わせたシンセサイザーです。プレーヤーは、VariPhrase技術を使って、合成アーキテクチャのサンプルベースの部分を調整でき、これにより、ストレッチ、ピッチシフト、さらにはフリーズが可能になりました。2つのDビーム・コントローラー、ハンズオン・モジュレーション用のタイムトリップ・パッド、および豊富なエフェクトにより、独特で特徴的なV-Synthサウンドを合成することができました。Duran Duran、Orbitalなどは、V-Synthと、そのラックマウント・バージョンV-SynthXTを好んで活用していました。 

最初のSP

90年代は、オール・イン・ワンの音楽制作デバイスが流行しました。ローランドがMC-303に命名した『Groovebox』という名称は、今ではこうした楽器の代名詞としてメジャーになりました。DJ-70以降のサンプリングの方向性を考えると、これらの「ボックス」にサンプリング機能やインターフェースを搭載することは理にかなっていると言えます。現在のSPシリーズのラインは、この系統から生まれました。 

初期SPシリーズである1998年のSP-202 Dr.Sampleは、実は最初BOSS製品としてリリースされました。素材のループやワンショット効果音のトリガーを目的として設計されており、8つのパッドと4つのサウンドバンクを搭載しています。ノブは2つだけで、1つはボリュームつまみ、もう1つはコントロールつまみです。パッドごとにユーザーはサンプリング・クオリティーを選択でき、最長4分20秒のサンプリング・タイム。また、ピッチとタイムシフト、2つのフィルター、ディレイ、リングモジュレーションを含むエフェクト・セクションなど魅力的な機能もあります。 FatboySlimとヒップホップ・プロデューサーのTobaccoは、二人ともSP-202を愛用していました。 

3年後、BOSSはこのSP-202の後継モデルとしてSP-303 Dr.Sampleをリリースしました。8つのパッドと、それぞれに4つのバンク、そしてノブの数が今では象徴的な4つに増えました。内蔵サンプリング時間は短くなりましたが、エフェクト・セクションが拡張されました。新しいバージョンには、現在人気を博すヴァイナル・シミュレーションに加えて、リバーブやテープエコーといった汎用性の高いエフェクトも含まれていました。SP-303は、Animal Collectiveのようなインディーアクトから、Four Tetのようなエレクトロニック・プロデューサー、ヒップホップ・ビートメーカーまで幅広く人気がありました。Madlibは、J DillaがDonutsのリリースで行ったように、SP-303を使って傑作アルバムMadvillainyのほとんどの曲を作りました。SP-202とSP-303はどちらも、ダンスホールのDJがダブサイレンを鳴らすためのサウンドボードとして、またライブシアターやテレビで効果音をトリガーするためにも広く使用されました。 

サンプル・トリガーは、8パッドから12パッドへ

SP-808 と SP-808EX

1998年、ローランドはSP-808をリリースしました。これは、SP-404MKIIに至るまでの歴史的な製品のもう1つの製品群です。フレーズ・サンプラーと呼ばれるSP-808は、4ステレオ・サンプルの同時再生、44.1kHz/32kHzのサンプリング周波数という仕様のハードディスク内蔵オーディオ・レコーダーでした。さまざまなエフェクトをコントロールできるDビーム・コントローラーも新たに搭載しました。SP-808EXとそのスケルトンモデルが2000年に発表され、モノフォニック・シンセサイザーと追加エフェクトが搭載されました。

MV-8000 と MV-8800

ローランドのサンプリングの歴史は、MV-8000(2003年)へと続いていきます。MV-8000はヒップホップやR&Bプロデューサーを対象としたオール・イン・ワン・スタイルの音楽制作スタジオでした。16個のトリガーパッド、大型LCDディスプレイ、8個のスライダーなどのコントローラーを駆使して、サンプリング、シーケンス、ミキシングのすべての操作を簡単にコントロールできます。オンボードCD-RWドライブを介したCDへのデータ書き込みも可能でした。2007年、ローランドは後継機種MV-8800を発売し、カラーLCD画面や、モニターとマウスを接続したコントロール機能など、多数の機能強化がなされました。 

追加のサンプリング技術

ローランドのサンプリングに関する歴史の中には、他にもいくつかのランドマークがあります。それはSPD-Sという「パーカッション楽器」であり、後のSPD-SXへの道を開きました。さらに、BOSS Loop Stationシリーズでは、サウンド・オン・サウンドという手法によりループ・パフォーマンスに最適化したサンプラーへと進化しました。そしてFANTOM-Sでは、シンセサイザー・ワークステーションに「スキップバック・サンプリング」のコンセプトを導入しました。これは、現行のSP-404MKIIにも搭載されている機能です。 

Lo-Fiの誕生

BOSS SP-303 Dr. SampleとSP-505(2002年)のリリース後、SPを開発するシンセサイザーのデザインチームは、BOSSからローランドに移籍。その後、彼らはさらに進化させたSPサンプラーSP-404を2005年にリリースすることになります。搭載したサンプルトリガー・パッドは、8個から12個に拡張し、演奏表現力を高めました。 

ビートメーカーは、ライン/マイク入力ジャックを介してサンプリングするか(Lo-Fiボタンを押してサンプリング時間を延長)、コンパクト・フラッシュ・カードを介してインポートすることができ、内蔵エフェクト(29種類)を同時に複数のサンプルに適用することができます。外部より入力したオーディオ信号に対しても同様のエフェクトをかけることができ、エフェクト・プロセッサ的な使い方でも人気を博しました。 

2009年、ローランドは404をSP-404SXとしてアップグレードしました。パターン・シーケンサーに「シャッフル」が追加され、高品質な新規エフェクトも追加されました。特徴的なLo-Fiモードも更にアップグレードされ、オリジナルがサンプリング時間を単に延長するのに対して、SP-404SXでは、SP-303の特性までもシミュレーションすることができました。リサンプリング中にこれを他のエフェクトと組み合わせて使うことが、インストルメンタル・ヒップホップ・プロデューサーにとって新しいワークフローとなり、そうして生まれた独創的なサウンドが新ジャンルLo-fi(ローファイ)と呼ばれ始めることになります。 

約40年にわたるローランド・サンプラーの系譜。そのサンプリングDNAを確実に継承するSP-404MKII

コミュニティーの形成

『Lo-Fi』は、音楽のジャンルひとつとも言えますが、それ以上の価値があります。それはある種の「コミュニティ」です。一つには、このジャンルにおけるYouTubeでの膨大な広がりの見せ方があります。もう一つは、SP-404本体の表面パネルのカスタマイズを中心に広がったトレンドです。SP-404の表面パネルは、あえて容易に取り外しができる仕組みを施し、ユーザーのカスタムデザインが非常に簡単にできる設計となっています。SP-404カスタマイズ・スキンの販売に専念しているメーカーも存在します。これにより、SP-404MKIIの外観はアーティストの個人的な音楽制作ワークに匹敵するくらい個性的であるとも言えます。 

SP-404が、L.A.ビートシーンにおいて不可欠な存在となったことは、FlyingLotusの存在が証明しています。 他にも、プロデューサーのRas G、Dibia$e、あるいはMndsgnの活躍を見れば明らかです。

SP-404MKII

ローランドのサンプリングの歴史は、SP-404MKIIのリリースで最高潮に達しました。 OLEDスクリーン、16 GBの内部ストレージ、クロマチックプレイ、スキップバック・サンプリング・モードといった2021年最新の技術をフル搭載しています。サンプリングDNAを打ち建ててから約40年。SP-404MKIIは、伝説的なローランド・サンプラーの系譜をしっかりと継承しています。 

Roland SP-404MKII, Photo by Oscar Genel

Adam Douglas

Adam Douglas is a prolific journalist and educator based in Nagoya, Aichi, Japan. His work appears in Attack, MusicTech, and elsewhere.